2008年10月25日土曜日
北への憧憬
朝、6年以上前に録画した転球劇場「JACK」を久々に観る。
「広東語BEAT IT」というネタのシーンだけ3度観て家を出る。
雨でバスが遅れ、半蔵門線も遅れる。
ぎりぎりでレポートを送信して、東大へ。雨は朝よりも強まっている。
東大で4年生の卒論の打合せを聞かせてもらう。
一先ず安心。
終えると雨が止んでいた。でも雲は晴れない。
さふらんで初めてドライカレー。僕一人のカウンター。おばちゃんのカレーは絶品。
夜、一時期を北海道で過ごした友人と北海道について話す。
また北海道へ行きたくなる。
自転車の整備から始めて、北海道に備えようと、こっそり企む。
ブレーキレバーとバーテープとタイヤ交換をすれば随分快適になるはずだ。
あと、余ってる灯油を使ってギヤも洗わなくては。
また、その人が茨城出身だということを知り、水戸についても話す。
自転車の整備をして、走り馴らしたら偕楽園へ旅するのもいいな、と思う。
「広東語BEAT IT」というネタのシーンだけ3度観て家を出る。
雨でバスが遅れ、半蔵門線も遅れる。
ぎりぎりでレポートを送信して、東大へ。雨は朝よりも強まっている。
東大で4年生の卒論の打合せを聞かせてもらう。
一先ず安心。
終えると雨が止んでいた。でも雲は晴れない。
さふらんで初めてドライカレー。僕一人のカウンター。おばちゃんのカレーは絶品。
夜、一時期を北海道で過ごした友人と北海道について話す。
また北海道へ行きたくなる。
自転車の整備から始めて、北海道に備えようと、こっそり企む。
ブレーキレバーとバーテープとタイヤ交換をすれば随分快適になるはずだ。
あと、余ってる灯油を使ってギヤも洗わなくては。
また、その人が茨城出身だということを知り、水戸についても話す。
自転車の整備をして、走り馴らしたら偕楽園へ旅するのもいいな、と思う。
2008年10月18日土曜日
旧朝倉家(旧渋谷会議所)へ
久々に代官山へ寄る機会があったので、前々から行きたかった旧朝倉家を見学。ヒルサイドテラスの裏側にある邸宅。
東京府会議員だった朝倉虎治郎の自宅として1919年に建設され、近年は経済企画庁(現内閣府)の渋谷会議所として使われてきたという。2004年には国の重要文化財に指定されており、改修、復元を経て、渋谷区の管理の下に一般公開されている。
ヒルサイドテラスアネックスA棟を裏側から。
<参照>
[シブヤ経済新聞[代官山・猿楽町の重要文化財「旧朝倉家住宅」が初の一般公開]]
ウダウダ
リーダーから
とのお知らせ。
ビデオカメラを調達できなかった関係で、制作さんの私物ノートPCの本体に付属しているwebカメラをむりくり使って撮影しているので画質はあまり良くないです。
そんなわけでこの間のコントをニコニコ動画にアップしました
とのお知らせ。
ビデオカメラを調達できなかった関係で、制作さんの私物ノートPCの本体に付属しているwebカメラをむりくり使って撮影しているので画質はあまり良くないです。
最後列の臨場感を体感ください。
ちなみに、僕が学ランを来ているシーンのキャラクターの名前は『出来杉手酢まんじろう先輩』といいます。ずっと「酢まんじろう」が名前だと思っていたら、「まんじろう」だったらしい。苗字が「出来杉手酢」って・・・。
僕の中での、今年のベストネーミング。
2008年10月16日木曜日
xtc
高校時代振りくらいに、xtcのblack seaのCDを見つけた。確か、DISK WAVEかどっかで50円くらいで買った奴。
1980年のアルバムなのに、何だか時代不明な感じが面白くて、毎日聞きながら学校へ通っていた。てっきり、誰かに貸したっきりになったと思っていたので、懐かしさも一入。とりあえず、こいつをリッピングして、プレイヤーに突っ込み、聴きながら近所をジョギング。
最近、というか青山真治の北九州サーガと呼ばれる映画を昨年見て、彼の小説もあらかた読破してから、中上健次を読んでいる。というのも、青山真治が作品やインタビューの中で中上健次の影響について触れることが多いから興味から読み始めたのだけれど、読んでみると彼が自らの血や生地への拘りというか、抜け出すことのできない対象として対峙する姿勢というのは圧倒的だ。中上健次が紀州熊野新宮の「路地」という土地に固執するのは、単なる故郷への愛執とは違う。「路地」に生まれて、外部から再接近していく中上の視点や葛藤から今の僕が感じて学ぶべき所は多いだろう。自分にとっての横浜を見る眼が大学で変化したのと似ている。それを客観的に中上を通して追体験したいのだけれど。
中上健次について、今のところ読んだのは随筆が中心で、肝心の「枯木灘」や「岬」といった読むべき小説は読めていない。随筆に触れてから、なるべく後回しにしようと思っている。これはちゃんとテキストに触れる事を避けようとする気持ちの弱さなのかもしれない。
とにかく、これからも読み続けようと思う。そして、来年は熊野大学のセミナーへ参加したい。
1980年のアルバムなのに、何だか時代不明な感じが面白くて、毎日聞きながら学校へ通っていた。てっきり、誰かに貸したっきりになったと思っていたので、懐かしさも一入。とりあえず、こいつをリッピングして、プレイヤーに突っ込み、聴きながら近所をジョギング。
最近、というか青山真治の北九州サーガと呼ばれる映画を昨年見て、彼の小説もあらかた読破してから、中上健次を読んでいる。というのも、青山真治が作品やインタビューの中で中上健次の影響について触れることが多いから興味から読み始めたのだけれど、読んでみると彼が自らの血や生地への拘りというか、抜け出すことのできない対象として対峙する姿勢というのは圧倒的だ。中上健次が紀州熊野新宮の「路地」という土地に固執するのは、単なる故郷への愛執とは違う。「路地」に生まれて、外部から再接近していく中上の視点や葛藤から今の僕が感じて学ぶべき所は多いだろう。自分にとっての横浜を見る眼が大学で変化したのと似ている。それを客観的に中上を通して追体験したいのだけれど。
中上健次について、今のところ読んだのは随筆が中心で、肝心の「枯木灘」や「岬」といった読むべき小説は読めていない。随筆に触れてから、なるべく後回しにしようと思っている。これはちゃんとテキストに触れる事を避けようとする気持ちの弱さなのかもしれない。
とにかく、これからも読み続けようと思う。そして、来年は熊野大学のセミナーへ参加したい。
2008年10月7日火曜日
トリエンナーレ
「トリエンナーレに行きたい」と入れた、つぶやきを拾ってくれる人もいるもので、一緒にみなとみらいへ。
前回のトリエンナーレと同じ気分で、とりあえず山下公園へ行ったものの、アート関係のものは何も無く、コンテナがあるばかり。
今回はメイン会場が新港ピア、バンクアート、赤レンガ倉庫と分散しているのでした。
赤レンガ倉庫では主にメディア系のアートが多い。暗黒舞踏の創始者である土方巽の「肉体の叛乱」の上演映像に感激。僕らも高校時代から公演をやらせて頂いていた『横浜一番小さな劇場』ST-spot出身の「チェルフィッチュ」の舞台「フリータイム」を観る事ができたのは思わぬ出会いでテンションが上がる。
赤レンガ倉庫では、R15指定の作品が多かったのが印象的。
田中泯の場踊りを記録した映像を展示する庵も、良い具合に朽ちていて泥臭さが良かった。
新港ピアの会場構成は西沢建築事務所
赤レンガ倉庫と日本郵船海岸通倉庫 (BankART Studio NYK)は日埜建築設計事務所が会場構成。
トリエンナーレを観終わって、伊勢佐木町の松坂屋へ。
松坂屋は10月で閉店してしまう。横浜市の歴史建造物にも指定されているアールデコ調の装飾の施された建築だ。
そして、ゆずがライブをしていた場所としても有名。
松坂屋が閉店を前に、店内の撮影会を実施しているというのでデジカメを片手に店内探検をした。
[via ヨコハマ経済新聞「歴史的建造物「横浜松坂屋」が閉店を前に店内撮影会」]
エスカレーターの側面もアールデコ調で装飾されています。
最近は、透明にした側面も見ますが装飾はあまり見ないので面白い。
エレベーターの階数表示板も装飾的。
昨年に解体された日劇シネマの壁画もあった。
前日に濱マイクを見直していたので、テンション高く見学できた。
2008年10月2日木曜日
大岡山→目黒
東工大付属図書館へ。
読みたいけどなかなか見つからなかった資料が、東工大にあったのだ。他には京都工繊と広島大にしか無いらしい、と広島での学会から帰ってきてから知った。
図書館の利用カードを収集している僕は、とりあえずカードも申請。20分程でできたカードはとても素っ気無い作りだった。そういう簡素さも割と好きだ。ここ2ヶ月くらいで3枚カードが増えて少し満足。
コピーを終えて、坂本一成展も見ていく。
展示されている住宅の青焼き図面も一冊ずつじっくり見ていった。
大判のスクリーン写真は前に立つと、空間を疑似体験している感覚になる。実体験とはまた別の次元で、距離感の消失した空間体験。不思議な感覚だった。
百年記念館のロビーへ気持ちの良い光が差し込む。天気が良くて良かった。
帰る途中、目黒で下車してアントニン・レーモンド設計の聖アンセルモ教会へ。
以前に知り合いから良かったと聞いてはいたけれど、果たしてとても良かった。
しばらく忘れていたような静寂の中、夕方まで礼拝堂に浸る。
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