以前に大倉山を訪れた時にも何か違和感を感じていた。通り沿いにギリシャ・ローマ風の円柱、エンタブラチュア、ペディメントがファサードに使われた商店やマンションが百数十メートル程の区間で建ち並び、統一されている。それぞれの商店は何処の商店街にもある洋品店であったり、威勢の良い八百屋であったり、文房具屋さんやクリーニング屋さんで、その町並みと足元部分の機能とのコントラストが強烈に異質な場の雰囲気を生み出しているようで楽しい。御洒落さと生活感が渾然一体となって眩暈がするほど。
誕生は88年のことだ。大倉山への港北区役所の移転を機に、歩道がなく危険だった道路を整備し、電柱を撤去した。ここまでは普通。
当時の商店街振興組合の理事、浜野守司さん(72)たちは、アテネ市にある「エルム通り」と姉妹提携を結び、街のシンボルでギリシャ神殿風建築の「大倉山記念館」にならい、通り沿いの建物をごっそりギリシャ風に建て替えた。総事業費およそ23億円。
[via:朝日マリオン・コム ストリートストーリー 大倉山エルム通り]
大倉山エルム通りのまちづくりの取組みは第三回横浜まちなみ景観賞(平成元年)を受賞している。その前年には大倉山西口商業協同組合がまちづくり功労者賞も受賞している。一時期に集中してまちなみを一変させてしまう事は大変な事であったに違いない。
エルム通り沿いのギリシャ風ファサードの建築の特徴として漠として分かる共通点は
1.円柱を必ず用いる(様式はわりとばらばら)
2.大倉山記念館の三角形窓をイメージした三角形の装飾を柱の付近に必ず設ける
3.エンタブラチュア、ペディメントは付いている方が良
という辺り。看板建築風になっているものもある。
エルム通沿いの車止めもギリシャ風の円柱がモチーフ。
エルム通の表通りに面したギリシャ風の建物が、まちなみ作りの第一期の産物であるとして、エルム通りから離れた場所に第二、第三期ともいえるような建物とも出くわした。それらは、まちなみ作りのルールから離れて自由な立場と気分でまちなみへと参加している。まちなみが作り手を離れて路地へと侵出していく。
路地裏に突如として現れるギリシャの円柱。亜流の傍流ともいえるデザインが、いつの間にか町の中で調和してしまっている。
0 件のコメント:
コメントを投稿