2008年12月24日水曜日

BOOK CROSSING

ここんとこ、毎晩、湯たんぽを使いながら机に向かっている。じんじんに熱い時に、ゆすってみると湯が弾けるような音が響く。水琴窟もそうだけど、水が響かせる音というのはなんだか落ち着いてしまう。手癖の良くない僕は、無意識のうちにゆすっていて、ちょっとした玩具のようになっている。

先日、BOOK CROSSING に参加してみた。



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読み終わった本に、BCID番号を記入したステッカーを本に貼り、友達に渡したり、ベンチにおいてきたり、カフェに忘れてきたり。

本を手にした人が、本に書かれているBCID番号をBookCrossing.jpのウェブサイトで検索すると、どんな旅をしてきたかが分かります。

現在位置や本の感想(ジャーナル)をウェブサイトで報告して、また本を世界に解き放つ。 そして、本は旅を続けていく…。


ダ・ヴィンチを読んで知って、なかなか面白そうだった。で、自分も本を置いてみたら、結構面白かった。というのも、以前に「ショップ・ドロッピング」というアクションにも興味があって、自分も実際にやってみたかったのだ。

【ショップ・ドロッピング】:お店に勝手に、自分の作った本や服やCDを棚に置いてくること。アーティストの営業手法の一つとして行うことが多いみたい。自分の興味のある本に名刺を挟んでおくというビジネスマンもいるとのこと。

つまりは、自分の持っている本にIDを付けて、読み終わったら誰かに渡して、本に旅をさせようという活動。BOOK CROSSINGの運営元のサイトを見ると、一月あたりアメリカでは7000冊、ブラジルでも5000冊が旅をしているみたいで、なかなか活発みたい。日本では一月に300冊前後が旅をしている。まあ、ぼちぼち。きっと700~1000冊ぐらいになれば一般化したといえそうだ。

BOOK CROSSING が面白い点は、公共の空間に本を置いてくるということも勧めている点。公園のベンチや空港の待合室や、バスの席やバーのカウンターとか、あらゆる所に本を置いて、新たな読み手との出会いをつくる。例えが非常に悪いけれど、なんだか動物を捨てる時に似ている。置かれる姿が目立たないように、けれど優しい人の目について貰われるようにという矛盾した感覚がそこにはある。

世界中の街中を図書館に!

という言葉がBOOK CROSSINGの日本版公式サイトに書かれている。

BOOK CROSSINGのコンセプトは目新しいものではなくて、アマゾンの在庫管理システムに代表されるような棚ではなくてIDによる管理方法がまさにそれだ。建築でいえば、古谷誠章のせんだいメディアテークのコンペ案での「人や情報が錯綜する森」というコンセプトが非常に近い。

せんだいメディアテーク以降、本やCDなどを人と人のコミュニケーションの継起とするようなプログラムをコンセプトとした案は多くあったので自分もわりと興味があった。けれど、あくまで公共の本である以上、本そのものに読み手の痕跡が刻まれる事はご法度であって、本を介して人との繋がりが発生するというのはなんだか胡散臭い。そこが、提案する側のプログラムが越えられない壁のように感じる。一方で、古本の場合、持ち主の書き込みがあったり、著者のサインがあったり、献本のコメントが書かれていたりする本に出会うことがある、この場合は実際に出会うことは無いけれど、人と触れ合うような錯覚があって、僕はとても楽しい。古本のシステムを公共の場に組み込めたら面白いのにな、と思っていた。一部の図書館では、不要な本を交換する棚を作っているけれど、いまひとつ面白い本は置かれていない。それはただ置くだけでは、古本屋に売って得られるお金以上の、価値が跳ね返ってこないからなんだろう。

BOOK CROSSINGはプログラムによって建築や都市が提供できなかったことを飛び越えているのが凄い。街を歩いているとBOOK CROSSINGされている本に出会う、面白そうで荷物に余裕があれば、それを拾う。RPGゲーム的だけど、そんな都市の側面があると街はもっと楽しくなりそうだ。

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