2009年9月21日月曜日

今日、購入した本

本業 (文春文庫)元アイドル! (新潮文庫)町でいちばんの美女 (新潮文庫)ありきたりの狂気の物語 (新潮文庫)新解さんの謎 (文春文庫)日本人改造論―あなたと俺と日本人 (角川文庫)仁義なき映画論 (文春文庫)のほほん雑記帳(のおと) (角川文庫)東京都北区赤羽 2 (GAコミックススペシャル)建築の出自―長谷川堯建築家論考集

オースターのムーンパレスはやめといた。
積読状態になることは分かっているため、少し後悔。
しかし、一覧にしてみると自分の読書の傾向は高校から進歩せず広がっているだけだ。

2009年9月17日木曜日

まぶぅ先生が黒湯の闇に霞んでは消え霞んでは消え

 昨年から大学の福利厚生が若干向上し、シャワーが設置された。<関係者以外立ち入り禁止>と書かれた札の立つ地下へと降りて行ったところにぽつんとあるユニット式のシャワーだが、校舎を出なくても良いし、朝一で浴びることもできるし、なにしろタダ、ということで割と重宝している。さらに、部員の減少に伴い、ここ最近は皇居をジョギングる回数が減ってしまったこともあり、銭湯に行く機会がめっきり無くなって久しい。
 ただただトレースをする生活の中で、時々ふつふつと銭湯慾が沸き上がるものの「風呂入って汗かいて、電車で神奈川県に帰るってどうよ?」と思うと瞬時に高ぶった気持ちも萎えてしまい、銭湯慾を満たせない日々を悶々と過ごしていた。

 そんな時に、中学の頃のまぶぅ先生(本名忘れた)がいつも、夕暮れの生徒会室で汗だくで呟く言葉を思い出した。「ねぇ~、帰りに温泉に寄ってこうよ~(脂)。」
 
 当時、僕の中学は横浜市で一番標高の高い場所に有り、反対に成績が低く不良が多いことで有名だった。4階のベランダから汁入りカップラーメンやレンガ片や濡らしたトイレットペーパー塊を市道に向って投げるのが日常茶飯だったので、いまでも歩行者保護の為に防護ネットが市道側のベランダを覆っているような学校である。

 まぶぅ先生は国語の先生で、小林亜星と裸の大将の芦屋雁之助を足しっ放しにしたまんまの風貌(坊主にメガネで、へそ出し半裸で耽美派独身貴族)の当時30代半ばの生徒会の顧問だった。まぶぅの一番良いところは、「常に自分の出自を意識し、お袋に感謝していたい」と言い、生徒会室の片隅に自らが数十年前に産湯に浸かったカナダライを置き、放課後には、その家宝とも言えるカナダライでドリフ顔負けのタライ落としのギャグ芸を見せてくれることだった。僕らの中学の生徒会活動の大部分は「まぶぅっ!つまらねえよっっ!!」と言う為にあった。
 
 まぶぅは、汗っかきなので年中タオルを肩にかけて、汗を拭きハァハァ言っとる。そんなまぶぅが、Rの付かない月の夕方に、同僚の先生に必ず言っていた口癖が「温泉寄って帰ろうよ~(汗)」だった。僕たちは賭けベーゴマやチョロQに熱中している振りをしながら、そんなまぶぅを徹底的に無視していた。


 
 銭湯に若干飢えていた僕が思い出したのが、まぶぅの言葉だった。「近所に温泉があるのか?」と探してみると、あるある。何の変哲もない、強いて言えば若干古ぼけたと思っていた銭湯が、どれもこれも黒湯の温泉ばかり。蒲田から横浜にかけての海よりの地域には、古くから黒湯を引いた銭湯が点在していることが分かった。
 早速、先日は家から最寄の銭湯「黄金湯」に帰りに寄ってみた。客は僕一人で、いつまでも頗る爽快だった。家にも風呂はあるのに、わざわざ銭湯に行くという行為の無駄さがとても楽しく、万が一に湯当たりしたとしても家が近所という安心感。またしばらくしたら行こうと思う。

 ありがとう、まぶぅ!!

2009年9月15日火曜日

東京オリンピックつながりで


登校途中に寄り道して、コープオリンピアで開催中の高碕正治さんの展覧会へ。

なかなか入る機会が無かったコープオリンピアに入るという貴重な体験ができた。小じんまりとしたワンルームを、高崎さんの作品が彼の出身地である鹿児島の亜熱帯で非日常な場へと変えていて、高碕さんの独特な表現の出自が納得できる印象的な展示だった。コープオリンピアの内部体験が、事務所として使用されている部屋を見学しただけだったならば、きっとそれほどの驚きは無かっただろうと思う。


登校しなければと思いながら、さらに代々木公園へと足をのばして散歩。
先日のトーク動画で、ちらりと触れられていた東京オリンピックのオランダ選手宿舎を見る。


さりげなく有り、そして意外に厳重に保存されている。その理由を先日のトークの中で聞いて、とても面白かった。そう言われれば、案内版の解説も慎重に言葉を選んでいることが感じられる。